第169回 1月11日(火) 話題提供:吉田 千秋「新春の展望・希望を語り合う」
岩田 昭弘さん「新春初笑い。落語紙芝居−笑いと平和−」予定された岩田昭弘さんは肺に影が見つかり、11日の午前中から検査入院されることになってしまい、後日に変更になりました。
直前の話題提供の依頼にかかわらず、吉田さんはA3用紙裏表8ページにわたる豊富な資料と、平易な例題から戦争責任など政治哲学へ導く事で大人気の米ハーバード大学マイケル・サンデル教授の東大での講義を録画したDVDを準備され、ほぼ2時間にわたって多方面にわたって話されました。
@まず企画が「初笑い」から変わったことから、辺見庸の泣き涸れて「世界の涙の総量は普遍」になるのかの風刺に対し、飯沢匡の「武器(政治批判)」としての笑い、井上ひさしの「希望」としての笑い(泣くのはいやだ、笑っちゃおう 進め、ひょっこりひょうたん島)を取りあげ、笑いは明日への希望を生み出す元気、英気をもたらす、怒りとともに笑いを忘れないで歩みたいものと。
A新年からの朝日新聞の、単身化、孤独死などを生む「個人を単位とする社会」への変化を前提として新しい生き方、政策が必要だとする「孤族の国」特集を取りあげ、憲法も家庭ではなく「個人の尊厳」と個人原理に立っているが、どの家庭でもこどもはこれに関係なく救われ一人前になるように支援しなければならない。また一人ひとりがばらばらの孤独にされ,不安だけの社会を少しでも変えようとし大阪で「年越しいのちの村」を開き、自死遺児らを支援する団体「リヴオン」の代表をする尾角光実さんを取りあげ、手を伸ばせばつながりはしっかり作れるものとこの運動を高く評価された。
B岐阜看護大学での講義の受講生に冬休みの課題にあたえた新聞やテレビ・雑誌などでおもしろいと思った記事を取りあげ感想を書かせ提出された母子家庭、ひきこもり、民主党政権、戦争放棄など感想文4本を紹介され、全員が提出し,中身もそれなりの主張があり,若者に大きな希望を持つことができとたされた。これに関連し今年の元日の新聞社説を取りあげて、各紙とも消費税増税を含めた財政改革、TPPへの参加など本来のマスコミの役割からはずれ権力の立場に立っている。大新聞は産経化したと批判。
Cここでサンデル教授の講演DVDを見ることになり、家族の犯罪から始まり国家の戦争責任について謝罪は?賠償は?いつまで続ける?など共同体としての道徳的責任などについて若い人たちのの発言を引き出し、対立的な意見を引き出し内容を深めていく独特の手法の討論が続いた。最後に教授はこれだけ真剣なデペートができるのだから、結論は一致しなくてもお互い学び合うことができた。教育の場でももっと議論が必要であるし、議論を深めることでもっと高いレベルに達する事ができるとまとめられた。
「閉塞」といわれる時代、若者の前向きな活動が話題の中心になり、新春にふさわしく、あすへの希望を感じさせられたひとときでした。年末以来「ライガーマスク」運動も大きく広がりを見せています。
第168回例会 12月21日(火) 話題提供:吉田千秋さん(哲学者、「岐阜・九条の会」世話人代表)「憲法九条の心」
最初に吉田さんは「自衛権」「戦力・自衛力」「海外派兵」について政府見解・解釈が時代と共にどう変わってきたか、自民党「新憲法草案」では、現憲法がどう変えられようとしているかの説明をされました。その後、池田香代子訳「やさしいことばで日本国憲法」の中の言葉を引用しながら「憲法九条の心」を熱っぽく語られました。資料として紹介された新聞記事「文化こそが最大の国防・ピカソで日本を守る」池内了氏(中日2008・10・17)は、参加者の大きな共感を呼びました。
そのあと、参加者による活発な討論がありました。「今の東アジアの情勢の中で、中国脅威論を説得できるのか?」「日米合同演習に対して『よくやってくれる』『挑発行為ではないか?』など色々な意見がある」「戦争がロボット化し、一箇所にいて世界各地の戦争を操作できる」「平和というけど、職がない、居場所がない・・・これが実態。平和って何か?と思う」「世界の中の流れは非軍事同盟の方向。アメリカ対中国・北朝鮮・ロシア この中に日本が挟み込まれてしまっている」「皆不安で一杯。思いやり予算がなければ雇用などもっと解決できる」「最近は政治も社会も展望がなくニュースを見たくない。 多くの人にそういう心が蔓延していると思う。これが一番怖い。」「世界は軍縮の方向と言うが、メディアからは、全くそれは見えてこない」「コスタリカに学びたい」「日本は核廃絶でリーダーシップを取るべきだし、取ることができる」
この日は、勤医協の学習会も兼ね、勤医協から若者も参加しました。勤医協の若者対象の「平和学校」や、憲法9条・25条パンフの紹介もありました。
第167回例会
第167回例会 12月14日(火)
棚橋さんは、この夏1961年岐阜大学国文科同窓生「ひとつば会」のメンバー18人の戦争体験手記を集めた「子どものころ戦争があった」の出版を中心となってまとめ上げられました。今回はその出版の動機、内容、反響などについたお聞きしました。
棚橋さんたちの学年は1936年生まれ。小学校1年が敗戦の年、戦争を記憶にとどめる最後の年代だろうといいます。大学生のころは60年安保闘争の激しいとき、ほとんど全員が参加した経験を持つ。2007年の同窓会の時、日頃何となく危ない時代に入ったことを感じていたせいか、子どものころの戦争の思い出を話し合ううちに、その体験を文字にして残すことが先の短いものの残された仕事だと合意し、原稿に書いてもらった。最初は手作りの文集としたが、反響が大きかったため市教育文化振興事業団の補助金や1万円ずつ集めたものを資金に業者に頼み保存版とし、市内全小・中学校にも送ったとのこと。
棚橋さんはこの日3人の手記を読んでくれましたが、全体の内容は岐阜・大垣・多治見・桑名の空襲、疎開、火薬庫、父の戦死など多様なもの。悲惨さは少なく、被害者としての体験にとどまるが、戦争に反対する原理さえはっきりしておれば加害も被害も問題ではなく、次の世代へのメッセージになるのではないかという。各学校からは平和学習の教材として活用でき
るとの礼状が送られてきたり、新聞に取りあげられると教え子や父兄から購読の注文が入りあらためて交流は深まるなど様々な反響が紹介されました。
第165回例会 11月16日(火) 場所・話題提供:長谷川早苗さん 「読書館 じやがいも 探訪」
久しぶり出張サロン、長良の紅葉の美しい山裾、自然に包まれた読書館を訪れました。正面の階段段の先にある中二階に天窓から差し込む光が印象的で、白髪で穏やかに語るじゃがいも先生の姿と重なり図書館というよりも聖堂に入った雰囲気を感じました。数十年集め続けた図書を子どもたちに読ませたいという夢が図書館雑誌に取りあげられたため引くにいけなくなって,自宅近くの土地と建物を購入、改装してついに1997年オープン。
9時頃から昼間開館し、不在の時も自由に出入りし使用でき、貸し出し簿に書き込めば何冊でも借りていけるようにもなっています。返ってきますかとの質問に、ちゃんと返ってきます、何冊ありますかの質問にも、数えていないとの長谷川さんらしい余裕の返事。本に囲まれたくつろぎの空間、いつでも行けて好きなものを読める安らぎの場を個人が自由に設計し提供する---うらやましい限りです。収集図書は童話や絵本、文学全集など多方面に及びますが、特に岐阜の児童文学者の作品や平和関係のものが充実しているようです。
さらに驚くのは3階の作業場、何台ものレコーダーと何百枚あるか分からないという映画DVDやCD,驚くばかりのコレクションです。そういえばいろいろな場で行われる映画上映会にこれが使われ、バス旅行などのカラオケCDは長谷川さんに編集してもらったりしています。早速何枚も借りていった参加者もいました。
「良いところを知った、使わしてもらおう」「近くにいるから,孫を連れてこよう」と参加者からも声が上がったようにもっと館の存在や価値がが知られれば、一層輝きを増すものと今後の発展に期待を込めて帰路につきました。奥さんともどもの心のこもった接待に感謝します。10人の参加。
第165回例会 11月9日(火) 話題提供:西垣安之さん(黒野保育園園長)「シベリア抑留体験から考える」
西垣安之さんは90才でばりばりとお仕事をなさっている黒野保育園園長、数奇な戦争体験をお聞ききました。
西垣さんは学徒出陣で学業半ばで動員され、大学でロシア語を学んでいたため軍令部特務班ソ連班でソ連の通信の防諜分析に当たっていた海軍中尉。3月10日の東京大空襲では死体処理に当たり戦災の悲惨さを体験する。敗戦2ヶ月前の6月、朝鮮の通信隊に派遣され、8月2日に一週間後の9日ソ連の参戦情報などを察知し大本営に打電する。ソ連軍の爆撃が始まると、機密文書を何日もかけて焼却したが、残っていたものが後の証拠とされたようだ。部隊はソ連兵に囲まれ降伏しいったん捕虜収容所いれられたが、その日のうちにソ連官憲に呼び出され清捕刑務所の独房に入れられ、スパイ容疑で取り調べが始まった。食事は3食大豆、毎晩同じことを繰り返し聞かれるが、ロシア語は知らないふり通した。疲れ果て自殺をしかかったこともあったが、大きく母親の顔があらわれてできなかった。
2ヶ月あまりたって、ソ連軍時裁判所で4時間の論告後銃殺刑の判決が下るが、上告して禁固15年に減刑され後ウラジオストック刑務所、さらに世界中からスターリンへの反逆者を集めたというツンドラ地帯にある流刑地ワルクターに移される。日本人は一人だけ。一日一切れの黒パン、大豆や塩漬けの魚や肉ひもじくてジャガイモの皮、骨の髄まで食べた。石炭掘りやトロッコ押し,土木工事にも従事するなど、「食べて寝るだけ、自分だけ生きていければよい。帰ることは考えられなかった。」絶望的な苦役を受けながら 1956年10月帰還されるまでの10年7ヵ月を一気に話されました。通常聞くシベリア抑留者の話ではなく、囚人として扱われた体験を興味深く聞きました。
西垣さんは、「戦争はしてはいけないが、人間には欲があり何が起こるか分からない。ある程度の抑止力は持つ必要がある。しかし侵略はしてはいけない」とされ、レジュメでは「平和のありがたさや戦争を語り継ぎ、どのような理由があろうとも戦争は起こしてはならないことを、真剣に愚直なまでに主張しなければならないと考えている」とまとめらています。14人の参加。
第164回 10月19日(火) 話題提供:浅井彰子さん 「柳田邦男さんの絵本を読む」
柳田さんの絵本に入る前に、絵本「おばけの森」の読み聞かせがありました。参加者全員がおばけに出会ってしまわないかドキドキしながら、絵本の雰囲気に入っていきました。これで一気に絵本を楽しむムードが高まりました。
最初に、柳田邦男さん著「みんな絵本から」(講談社)から抜粋した文を皆で読み、携帯やゲームにおぼれている若者の現状について話合いました。次に、柳田邦男さんが翻訳した「やめて!」(ディビッド・マクフェイル、アメリカ、徳間書店)を読みました。この本は絵ばかりで、言葉は少年が発する「やめて!」だけです。「やめて!」はいじめられっ子がいじめっ子に言う言葉であったり、戦争をやめて!という言葉であったり、普遍性を持った言葉です。日本人は「やめて!」ということを言うことが苦手だが、いま、どれだけその言葉を集めることができるのか が問われている・・・など活発に意見が出ました。
次に、これも柳田邦男さん翻訳「だいじょうぶだよゾウさん」(ローレンス・ブルギニョン、ベルギ−、ぶんけい)を読みました。これは、「命」について暖かく深く考えさせられる本でした。「人間関係があるところが死に場所・生き場所だ。今その人間関係がくずれている。」「死生観・生活感が貧しくなった日本人に柳田氏は相当な危機感を持っているのではないのだろうか」など多くの意見が出ました。
最後に、「みつけた一冊の絵本」(柳田邦男著)から、いせひでこさん(柳田さんの妻)が絵を描いた「はくちょう」(内田麟太郎著)と、「ルリユールおじさん」(いせひでこ著・絵)が紹介されました。柳田邦男さんの講演を聞くのが一層楽しみになりました。10人参加。(Z)
第163回 10月12日(火) 「後につづものを信じて走れ−井上ひさしさんから学ぶ−」 DVDを観て、意見交換しました。
井上ひさしの死後2ヶ月の6月にNHKから放映された作品を見た後、同じ6月九条の会主催の「井上ひさしさんの志を受けついで 九条の会講演会」で上映された、岐阜セミナーでの井上講演の一部も見、改めて井上さんの生き方に思いをはせました。
NHKの「後に続くもの---」は、死の直前まで取り組んだひさしの『組曲虐殺』を取りあげ、30才で殺された小林多喜二と、農地解放運動に参加しやがて薬局を辞め作家を志し上京、35才でなくなった父親とを重ね合わせながら、この世に思い残したもの何かかを作品を通じて追っかけたひさしを取りあげています。
高校時代に多喜二の作品に出会い、多喜二の悔しさをいつかはこの世によみがえらせねばと20年の構想の下にいつもと違い楽しそうに書き、演出者・作曲者とも頻繁に語り合う不思議なエネルギーを発揮したり、初演が終わって「良かった」と涙ぐむ様子をなど、死を前にしてのひさしのこの作品に懸けた思いを紹介しています。また、原爆を取りあげた『父と暮らせば』では、広島で多数の人がが死んだのに「自分だけ助かって良いのか」と自らを責める話を聞き、以後毎年広島へ行き、「後世のものが何もしなければ、彼らの死は『犬死』になる」と、「写経だ」といいながら体験記を書き写し創作につなげるひさし、「笑いは、人間が作るより仕方ないもの、悲しい苦しい時を一瞬でも忘れさせてくれるのが笑い、精一杯の抵抗だ」ともいう。
肉体を刻むようにペンを取った多喜二は、「絶望するにはよい人が多すぎる、希望を持つには悪い人が多すぎる、これを結合する人はいないのか」と思いを残した人の思いを伝えようとする。それが「後につづくものを信じて走れ」とのひさしの叫びになったと結んでいます。
岐阜セミナーの講演ダイジェストは15分間に、平和への国際世論が普遍的になってくる経過と現状を分かりやすく語った部分、何人もが、自分の会で使いたいと大変好評でした。
通常ではここで意見交流が行われますが、今回は「11,3 平和の集い」の取り組み準備が予定されていたたため、数人の発言にとどまりました。11人の参加。
第162回 9月21日(火) 「100年インタビュー 柳田 邦男」 DVDを観て、意見交流をしました。
「11・3平和のつどい」で柳田邦男氏が講演のテーマに取り上げたのは「こどもの心の発達と絵本」。今日のVTR鑑賞は、何故ノンフィクション作家柳田邦男氏が絵本なのかを知るとても良い機会となりました。
柳田邦男氏は、大学卒業後、NHK記者として広島へ赴任しました。そこでの被爆者との出会い、次の赴任先東京での3件の相次ぐ悲惨な航空機事故との出会いが、柳田氏のその後に大きく影響を与えました。あくまで現場主義を貫くため、38歳でやめ、ノンフィクション作i家になりました。
柳田さんに大きな転機をもたらしたのは、次男(25歳)の自死でした。脳死状態の次男が死に至るまでの11日間の次男との対話で「命」の意味を考え続けました。
次男の死で呆然としていたとき本屋で絵本に出会いました、絵本が語りかける深い物。生きる力の再生を感じました。50年の現場からたどりついたもの。それが絵本でした。
現代の子どもたちの危機的状況(「沈黙の春」)を少しでも変えていかねば・・と柳田氏は語ります。絵本には親子関係を再生していく力がある。人と人が絵本を通して触れあうことによりバーチャルではないリアルな人間関係を築いていくことができる。親子で感動を共有することで感性が育ち他者との関係を形成することができる・・・と柳田氏は熱心に語りかけます。
VTRを見て、「11・3平和のつどい」講演への期待が更に高まりました。
鑑賞後、参加者が「我が子の絵本子育て体験」「自分の育ちかた」「絵本と九条」など感想を述べ合い「柳田さんの話を若いお母さんにたくさん聞いてほしいね」で会を閉じました。参加6名。(Z)
第161回 9月14日(火) 話題提供:安藤 富雄さん「在日一世のバイオリン制作者陳昌鉉さんと韓国併合100年」
安藤富雄さんが話題提供されるのは今度で3度目。日本福祉大で英語教育に携わりながら、高校英語教科書の執筆をされています。2008年三友社の高2教科書COSMOSUに今回の陳昌鉉(チン チャンヒヨン)さんが掲載され、韓国で韓国人がはじめても実名で教科書に取りあげられたとして、大きな反響があったとのことです。安藤さんは始めに、2008年長尾はるかさんの演奏会を紹介、「音に夢あり」をモットーとする陳さんのバイオリンの音色を紹介されたあと、パワーポイントを豊富に使って陳さんの活動を紹介されました。
1929年韓国生まれの陳さんは小学校時代創氏改名、国語常用など徹底的な皇民化教育を受けるが、疑問を持たず日本人になったつもりだったという。下宿していた日本人教師のバイオリンにさわったのが初めての出会い。1943年父がなくなり、働く場もなく来日、アルバイトをしながら夜間中学、高校、明治大学に進学、卒業間際に糸川英夫博士の「ストラディバリウスの音の解明は永遠の謎」との講演に衝撃を受け、バイオリンの製作を目指す。どの職人にも弟子入りを断られ、木曽福島で林道工事や砂利拾いをしながら、独学で製作を始める。
結婚し子供も生まれ、バイオリンが売れ始めた頃調布市へ移住。1976年フィラデルフイア国際弦楽器制作者コンクールで6種目中5種目に金メタル受賞、84年には米バイオリン制作者協会より5人しかいない「無審査製作家の特別認定とマスターメーカー」の称号、98年日本文化振興会より「国際芸術文化賞」受賞、韓国の国民勲章を受ける。2002年自叙伝「海を渡るバイオリン」(河出書房)、03年山本おさむ「天上の弦」(小学館)なども出版される。
「師匠はいなくても、木曽谷の音、風景が自分の感性を育ててくれた」と木曽を第二の故郷とし、また「私は昭和の渡来人」とし文化の多様性と民族の共存を受け入れ、在日一世として日本に骨を埋めることに決めたという重みのある言葉に考えさせられました。
安藤さんはさらに、タイトルの韓国併合100年に関連し、韓国・北朝鮮の過去・現在・未来、在日コリアン問題などを史料を使って説明し、話し合いのテーマを示されました。
話し合いでは、戦後も続く朝鮮人差別、帰化と渡来をめぐる民族問題、選挙権、、竹島問題、在日特権、ネット攻撃などが取りあげられました。11名の参加。
第160回 8月10日(火) 話題提供:湯上 芳美さん「うたごえ運動と平和」 *8月は1回のみ
湯上さんは、郡上出身。高校文化祭で、友人と3名でクルセダーズのコピーをして、ギター片手に歌ったこと、白鳥の郡上音頭で、声を張り上げて歌う楽しさを覚えたことなど若き日の話をなつかしそうに話されました。19歳のとき、「音楽集団ひまわり」に参加して以来、うたごえ一筋に歩んでこられました。
戦後、平和憲法誕生と共に、平和と民主主義・しあわせを求める要求・行動・闘いがあちこちでうまれました。しかし、すぐに憲法の精神を踏みにじり空文化する退廃と反動の政策がとられはじめ、「カチューーシャ」がお蔵入りさせられたり、TV「若者たち」が放映打ち切りになるような状況も生まれ、民主的音楽運動が圧迫されるようになってきました。このような中で1948年に中央合唱団(関鑑子)が誕生し、それを契機として、うたごえ運動がうまれ、全国各地に合唱団ができ、革命歌・闘争歌・外国の民衆の歌・日本の民謡・専門家の作品など、明るく健康なうたをひろくとりあげながら、これを普及する活動が精力的に展開され、職場・地域・学園から数多くのうたう会・サークル・合唱団・活動家がうまれました。1953年には「日本のうたごえ祭典」が開かれ、合い言葉に「うたごえは平和の力」がかかげられました。その活動は、現在「日本のうたごえ全国協議会」に引き継がれています。1960年安保・三池闘争など国民的な闘争を背景に、創作活動も盛んに行われるようになり、音楽的レベルも向上し、すぐれた作曲家が育っていきました。「岐阜ひまわり合唱団」は1953年に誕生し、1954年「第一回岐阜のうたごえ祭典」を成功させ現在に至っています。
歴史の話を聞いたあと、湯上さんのギタ−で「原爆ゆるすまじ」「しあわせの歌」「わたしを褒めてください」(憲法九条のうた)「町」「野に咲く花のように」「あなたが夜明けをつげる子どもたち」を歌いました。その合間に、「原爆のうたがあるのを知らなかった」(若者)「昔、音楽の授業で歌ぎらいになった」「音楽の先生に舟木一夫の歌を紹介され、それにはまり、それに救われた」「いなかの木曽川にもうたごえがある。」「長良九条の会主催『うたごえ喫茶』には56名も集まった。歌いたいという思いは皆強い」「歌うことによって共感がうまれ心がつながる」など、参加者の「歌」経験が披露されました。最後に「若者たち」を皆で歌い、別れを惜しみました。 歌うって楽しいですね!! 湯上さんは毎週金曜日の夜7時からポポロの家(岐阜市日光町)で定例みんなうたう会「うたっ茶OH」を開催されています。13名参加。(z)
第159回 7月20日(火)午後1時より 「11・3平和のつどい、郵送作業」
*時刻を間違えないように。1時からです。
第158回 7月13日(火) 「9条カルタ取り大会」読み手:浅井彰子さん、取り手:参加者全員
*「11・3平和のつどい」で原画展があります。
11・3「平和のつどい」で行われる『9ゾウくんげんきかるた』原画展(子どもの本・九条の会編)に向けて、かるた取り大会が行われました。
かるた取りの前に、浅井さんが柳田邦男さん翻訳の絵本「エリカ 奇跡のいのち」(ル−ス・バンダ−・ジ−著)を紹介。参加者全員で輪読しました。第2次世界大戦中、ドイツで、収容所にむかう列車から、一人のユダヤ人の母親が必死で赤ん坊を列車の外へ投げます。「お母さまは死にむかいながら、わたしを生にむかってなげたのです」・・・奇跡的に生き延びた女性の実話です。
いよいよカルタ取り。浅井さんが読み手で、3回戦です。皆真剣そのもの。興奮と笑いでとても盛り上がりました。その後、原画展をイメージしながら、絵札の絵を鑑賞、「この絵は・・・さんの絵だ!」「あたたかい絵だよね!」など、個性あふれる絵を楽しみました。参加 6名
第157回 6月15日(火) 話題提供:河村 たか子さん 「核不拡散条約(NPT)再検討会議」ニューヨーク行動参加報告
河村さんは岐阜放送アナウンサーを定年退職されたのを機会に、勧められて「HPT再検討会議」にむけた「核兵器のない世界のための国際行動デー・ニューヨーク行動」に参加された様子を報告されました。
参加を決めてから長崎の原水禁世界大会、焼津のビギニデー集会に参加 し、被爆者のナマの声や、高校生など若者の活動を知り、マスコミとして政府自治体の広報的な役割に参加はしていても、勉強不足や自己規制もあり、自分自身直接そこに身を置いたことがなかったことに気付き申し訳ないことをした感じた。国連へ行くにはと喫茶店や同窓会で署名を頼んだらどこも気軽に応じてくれた。一歩踏み出せば広がる、一歩踏み出す勇気があればすすむことに確信を得た。
ニューヨークへは原水協関係だけで1500人、現地では1万数千人の行動となった。岐阜からは8人、5月1日から8日まで参加した。
2日目は朝から署名行動、プラカードや折り鶴を持って呼びかけると、言葉がなくても通じ、人間同士つながることができた。午後は真夏の暑さの中マンハッタンから国連前広場までの大行進。先頭には広島・長崎市長に被爆者代表、スピーチを聞き署名しながらの1万数千人の行動するパレードとなった。予定より遅れ午後4時広場到着、カバクチュラン議長が待っていてくれ、山と積まれた691万の署名を受け取ってくれた。
3日目以降も署名、集会や平和コンサートに参加したが、ホワイトハウス前のラファイエット公園で1981年以来家財道具を始末し、テント生活をしながら年中無休で反核運動を続けておられる女性に逢い、自分も何かやらねばと感した。
再検討会議が5年前より前に進んだことを知ったのは、帰国してから。我々の意思表示があって国連が動いたとすれば、行動することが大切だ。話し合いを重ねていけば、道のりは長いもしれないけれど、いつかは核廃絶は実現できるとまとめられました。
写真を使い、具体的にわかりやすく、素直な感想を含めてのお話に引き込まれていきました。終わっての交流では、マスコミや記者のあり方、国連でのNGOの役割、唯一の被爆国である日本の平和運動や労働運動の責任、若者たちに知らせることの大切さなど多くの発言がありました。10人の参加。
第156回 6月8日(火) 話題提供:高田 一郎さん (全日本民医連事務局次長/岐阜民医連事務局長)
「憲法25条と自己責任論」
高田さんが所属しておられる全日本民主医療機関連合会は全国8万人の組織で、1953年「働くひとびとの医療機関」として結成されました。地域の人々によって集団的に支えられている医療機関です。医師・看護師増員のための運動で、国会請願採択・1221名の医学部定員増を実現させるという医学史に残る成果を上げられました。
平和のための活動も活発で、原水禁運動、最近では辺野古支援にも取り組んでおられます。
まず高田さんは、この10年で急落した医療実態をあらゆるデータで示されました。
国民健康保険料滞納世帯2割。滞納「無保険」で受診が遅れ死亡するケースの急増。国民年金受給平均4、7万円以下が全体の約半分。がまん率(自覚症状があっても受診をがまん)が1995年から急増、現在は3割。相対的貧困率OECD諸国内第2位 ワーキングプアは3人に一人。 孤独を感じる率 世界一位 自殺率 10位(実質4位) 総医療費の支出の対GDP日本は8、0 G7諸国は11、6。
2004年イラク人質事件を契機として、「自己責任論」が都合よく使用されるようになりました。病院でも様々な患者の実態に直面しながら日々職員は「自己責任論」に揺れていると紹介。でもそんな時にこそ大切な視点「迷ったときは憲法に問え!」という畑田重夫氏の言葉を引用され、改めて日本国憲法25条(生存権・国の社会的使命)97条(基本的人権)の条文を紹介されました。「国民健康保険」は社会保障であり、助け合いの制度ではないことを強調されました。いま、自己責任を前提とした「自助・共助・公助」論が幅をきかせています。
日本の医療費自己負担は世界一高く、先進国では医療費無料が当たり前であることを紹介され、更に医療先進国であるキューバの例(自国にいるすべての人が無料。後進国の医療人材支援)も紹介されました。最後に、このような貧困の原因となった構造改革の対抗軸として、「日本国憲法の立場から現実を見る」「権利としての社会保障で自己責任論の克服」「ルールある経済社会への世界の大きな流れ」をあげられました。
参加者は高田さんの詳しい資料に基づいわかりやすい話でとても多くのことを学びました。これを多くの人に知らせていくことが大切であること、「国際競争力をつけるためにはまず企業が元気にならなきゃ。私たちは我慢しなきゃ」「仕方ない」というマスコミの論調を克服する必要があることを確認しあいました。
(参加者 12名:Z)
z)
第155回 5月18日(火) 話題提供:太田郁、高井節子(母親連絡会)さん 「母親運動と平和」
最初初太田さんは、自分と母親運動のかかわりについて話されました。太田さんが日本母親大会の創設者である平塚らいちょうを知るようになったのは学生時代、学部校舎に女子トイレがなかった現状を変えようと生まれた「女性問題研究会」においてでした。
次に母親大会の歴史を紹介されました。1954年アメリカによるビキニ環礁水爆実験で第5福竜丸が被爆したことをきっかけとして日本中の母親に「原水爆をなくそう」の署名運動が拡がり、その声が国際民主婦人連盟に届けられ、1955年7月スイスのローザンヌで世界母親大会が開かれ日本から14名が参加しました。同年に第1回日本母親大会が開かれて以来今日までその運動は途切れることなく、今年第56回全国母親大会が福島県で開催されます。
市、県、全国大会いずれでも教育・暮らし・平和を柱に、多くの分科会が持たれますが、各分科会で要求項目が決議がされ、終了後それを持って自治体、国と交渉をします。「小児マヒ生ワクチン輸入」「ポストの数ほどの保育所を」「学校給食の実施を」などは大きな運動となりました。
大会スローガンである「生命(いのち)を生み出す母親は生命を育て生命を守ることをのぞみます」の「いのち」という言葉の重みにについて参加者一同思いを巡らせました。 その他「大変な中をパートなどで頑張っている女性が日本社会を下支えしている」「男性が家事をして女性が社会で活躍するほうが平和な社会になるのでは?」「まだ根強くある家父長制・内なる天皇制」「女性の置かれているつらさが強さになってきた」「運動は大変だけれど、そこで得る人の繋がりが宝物」「若いお母さんの参加を増やすための工夫」「米騒動、原水爆禁止署名運動などは運動の原点」など、いろいろな意見が活発に出されました。
最後に、5月30日に各務原市で開催される第53回岐阜県母親大会について紹介がありました。是非皆様のご参加を!(Z)
第154回 5月11日(火) 話題提供:吉田 千秋さん 「井上久さんを偲んで」
最初一時間、ビデオ「追悼井上ひさしさん」(NHK総合特別追悼番組)を見ました。 これは山田洋二さん、大竹しのぶさん、阿刀田高さんが故井上ひさしさんの思い出を語る番組です。
第153回 4月20日(火) 話題提供:金城 敏夫さん(元岐阜大学学長) 「沖縄の痛みを語る」(150回記念講演)
沖縄出身で77歳のの金城さんは、まず小6の夏命がけで渡った宮崎へ学童疎開、翌年入学した宮崎中学は終戦3日前空襲で焼失、中2になって故郷沖縄東風平村へ引き揚げ、祖父と姉の死を知らされる。家はブルトザーで押しつぶされ収容所生活、イモを主食とした欠乏の暮らしなど太平洋戦争に翻弄された少年・青年期の生い立ちから話し始められた。その後、琉球大学生時に今では考えられない留学生試験を受け、北海道大へ留学し9年獣医学を学び、その後北大−琉球大−岐阜大で学生の指導や研究にあたり、30年いた岐大では学長にも選ばれるなど波乱に富んだ経歴を紹介されました。
次に@400年続いた平和で活発な交易で繁栄していた琉球王国へ薩摩藩による侵攻と支配、A明治政府により清との外交権も絶たれ沖縄県とされた「琉球処分」、B捨て石とされ13万の県民の命を奪った沖縄戦と米軍の占領、C日本から切り離し米軍の支配下に組み込んだサンフランシスコ条約、D日本国憲法のもとに即時・無条件復帰の願いもよそに、日本防衛に必要とて復帰後もおびただしい米軍基地や米兵が配備され重い負担が継続しているなどと、何度もだまされ痛みを押しつけられてきた県民の日本政府への不信感は大きいと「沖縄の痛み」について多くを語られました。
さらに@沖縄県が出生率、年少人口の割合、100歳以上の人口割合、平均余命などが全国最高であるのに、A県民所得、第2次産業構成費、学力テスト、高・大卒初任給、高・大進学率、都道府県自主財源の割合などが全国最低なとの多くの指標を示され、アメとムチの基地政策が長く続き海外進出に意欲を持った沖縄スピリットが失せ、虐げながらもなんとかなるさ、きこせこせしない、就業意欲も欠く状況、それは悪いことがあると基地のせいにする植民地気質によるものと指摘され、沖縄経済が自立できるように変えていくことが重要と強調された。
最後に今の沖縄には日本国民でありながら、憲法の恩恵に浴することができない、沖縄の犠牲で日本の平和が維持されているとすれば、これは「一国平和主義」でなく「内地平和主義」ではないかという被害者意識がある。「最悪でも県外」とされた普天間基地撤去でまただまされるのか。政治は理想を語るだけでは解決しない。実現可能な政策でなければ人心を惑わすだけだ。沖縄の痛みを本当に自分の問題と捉えているのか、疑わしいと鳩山首相を批判された。たくさんの資料を使い、2時間近くの親しみやすく考えさせられるお話でした。(27人の参加)
第152回 4月13日(火) 話題提供:市原 弘生さん「天神川エコクラブに取り組んで」
環境カウンセラーの市原さんは、「自然の小さな命」を大切にしながら、毎日の生活の中で豊かな自然環境を守り、次世代へも繋げていく共生するまちや人づくりを目指して活動されてきました。
17年前に天神川改修工事で、子どもたちが川に入って魚とりに興じることもできなくなることに気付き、地域の人たちと「長良・天神川を考える会」を立ち上げ、調査や行政との話し合いを何度も行い、当時としては珍しい「多自然型工法」(二面工法)に変更したり、子どもたちが安全に川へ降りることのできる広い階段(幅4m)も設置することができた。今では水辺に多種類の植物が育ち、サワガニ、カワゲラや二枚貝などの水性生物の生態系が残っている状態をプロジェクターで写真、図表を示しながら話されました。
その後「しぜん、生きものクラブ天神川」(子どもエコクラブ)を結成、月1回魚とり、虫探し、長良川ボート下りなど
小学生親子の自然体験学習を9年、今年はさらに自然と正しいつきあいかたを身につけてほしいとの願いから取り組んだ。高学年の活動として虫の顕微鏡観察、外来魚のの解剖、徳山での合宿などの活動も報告された。
そのほか近隣小中学校での環境「総合学習」、薬草園見学など「大人の環境体験」、ハッチョウトンボを保護する「トンボの里」の整備、さらには動物の絶滅状況、地球温暖化などの深刻な問題にも触れられ、「人間の自然ではない、人間を大切にすると同時に、自然を大切にすることが緊急の課題」とまとめられました。
2007年には「NPO法人ながら・自然くらし楽校」を発足。地域に根ざした環境保全活動をライフワークとする市原さんの 「人と水」「自然と生活」のテーマに大きな関心が集まっていました。18人参加。
第151回 3月16日(火) 小峯明さん(日本キリスト改革派牧師・加納九条の会 ) 「キリスト改革派教会の歴史と9条」
小峯牧師は最初に、旧約聖書の時代から近代にいたるキリスト教会の歴史の中で、「戦争がどのように位置づけられてきたか」を語られました。そして日本における教会が、戦前・戦中、どのような状況であったかについて加納教会で起こったことを例にあげて具体的に話されました。日曜日に教会で聖書を説かれても、学校では毎日、軍人勅諭・教育勅語を聞かされ続けた苦しさ。加納教会がアメリカから宣教師が派遣された教会だったこともあり、スパイ容疑で教会の礼拝に特警察が潜み説教の内容をチェックしたり、宣教師からの手紙で家宅捜査を受け、牧師が一週間留置場に入れられたこと。講壇に日の丸を掲げさせられ、君が代も強制されたこと。戦争に非協力なら非合法にするという「宗教団体法案」。こんな中で多くの教会は「信徒を守る」という建前で国家権力に協力させられていきました。戦後、こうした教会のあり方を反省し創立された「日本キリスト改革派教会」は、創立時は8教会でしたが、現在は150教会にまで増えたそうです。アジアでの戦争責任を悔い改め、韓国の教会との関わりの中で新たな関係を構築するなど、活発に活動されています。
すでに改正された教育基本法、改憲の声が上がる9条及び20条の問題では、そこに何が潜むのか、見抜く知恵が必要であること。天皇制の温存、宗教ではないとする靖国参拝の問題、国家に対して批判精神を持たない従順な国民を生み出す愛国心教育。憲法9条と自衛隊や在日米軍基地問題など、私たち日本人がどうしたいのか、もっと真正面から向き合って考えるべきではないか、と問題を投げかけられました。
その後の話し合いでは、天皇制度の弊害、「護憲」賛成者の中にも存在する天皇制を否定できないメンタリティ、最近放映された司馬遼太郎の「坂の上の雲」など、軍備拡充、富国強兵、植民地政策に行き着いた国家像をよしとする意図的なものを感じる・・・など、現在の状況をどう見るかに話が拡がりました。全国「9条の会」の拡がりが政権に与える影響、頑張っている若者の話、政権交代させた国民のパワー、現在の混沌は変化への過渡的なものでなはいかなど、話は尽きませんでした。(参加者15名)Z
第150回 3月9日(火) 高木美好さん(塾講師・垂井町在住) 「9条看板を設置して」
田圃の中に9条全文を書いた看板を立て、「9条の会アピール」賛同署名集めをしている高木美好さんは吉田千秋さんの37年前の教え子。20代から40年代の頃「反デユ-リング論」に何度も挑戦し失敗を繰り返しながらようやく読了できたことで壁が崩れた。少しずつ分かってくると、次はどんどん読めるようになり、5千冊を持つ読書好になった。退職し、母が他界し、うらやましがられる独り身、田2反を持つワーキングプアーならぬ「時間・読書ブルジョア」だといわれる。改憲を正面からいう安倍内閣時代、動かなければ何も変わらないと思い「不破九条の会」へ入会、休耕地の有効利用として
「憲法九条」の全文を日本語と英文で書いた看板や、3本目になる「垂井町非核都市宣言の町」の看板を立てると朝日新聞が大きく報じてくれた。また。住まいのある垂井町表佐地区住人3.864人(1.320世帯)の過半数の署名集めを目指し、現在197名の賛同を集めた。封筒にお願い文と署名用紙を入れて投函しておき後日受け取りに行く。書いてくれている人が約25%、読んでいてくれる人も25%、留守が25%。増えてくるとだんだんやりたくなる。断られても行けば行くほど他の力を感じる。運動をすすめるほど憲法や弾圧された人のことが分かってくる。運動がベクトルを回してくれているのが分かると実践の裏付けに支えられた確信を述べられました。学ぶこと運動することを「思想儲け」と表現されていました。
終わっての話し合いでは、身近な居住地での活動の困難さと有効性、中国・フイリピンに見る価値基準、反戦僧竹中彰元や「平和の鐘」運動を持つ垂井町の平和的風土などについて意見交換されました。(参加者13人)
第149回 2月16日(火) 中川健史さん(仕事工房ポポロ代表)「青年の引きこもりをめぐって」
最初に、学校で「がんばって、がんばって・・・」と追い立てられる子どもたちや、不安と自己責任に苛まれる若者たちの姿を中川さんの暖かい目線で実例をあげて話されました。 「孤立」「学歴」「運転免許がない」「職歴がない」「成育過程での困難」「発達障害など発達上の困難」などの問題を抱え、働くことができない若者たちには社会へ出るための中継点として「仲間と出合える居場所」「働きながら働き方が学べる場所」がどうしても必要であるということで、仕事工房ポポロが立ち上げられました。中川さんは不登校・登校拒否・ニート・ひきこもりが、学校へは通っているが苦しんでいる多数の子どもの問題を考えることにつながり、経済と労働、雇用問題としてその存在を社会に知らせることができたと分析しながら、同時に、今後の展望として、居場所自身の「経済的自立」の必要を実感していると話されました。「困難打開の道は子ども・若者の中にあり、大人は子ども・若者の声をていねいに聞き取る力をつける必要がある」という言葉が印象的でした。来年、「社会的ひきこもり支援者実践全国交流会」が岐阜でおこなわれます。
参加者の中には、不登校・ひきこもりの子や若者とかかわり続けておられる方がおられ、支援も個人では限界があり、公的支援がどうしても必要であると強調されました。また、不登校・ひきこもりを家庭のせいにするのではなく、なぜそういう家庭が増えたのかという背景を見る必要があるということ、こういった状況はすべて競争社会が生み出した構造的なものであるという意見が出されました。憲法との関連で学びの保障は学校においてだけではなくそれ以外の場所においても保障されるべきである。 こういった活動をもっと社会の中に知らせ、運動を点から線・面にしていく必要があるということで話し合いがしめくくられました。NHK「無縁社会」湯浅誠氏著「どんとこい貧困」(中学生対象)も話題になりました。(参加人数17名)
第 148回 2月9日(火) 村上達也さん(岐阜県教組) 「子どもの貧困調査から」
村上さんは、昨年3月〜5月にかけて岐阜県教職員組合が行った{「子どもの貧困」実態調査}から見えてきたことを、岐阜教組が取り組んでいる「修学援助金制度」にも触れて報告されました。
調査には小学校16校、中学校6校、高校・特別支援学校12校から回答が寄せられ、失業、倒産などにより給食費や保育料、学習費やアルバム代、修学旅行費、授業料の未払い、衣食住が脅かされている実態、突然学校から姿を消す外国籍の児童など岐阜県の子ども達を容赦なくおそう貧困、それらに対しての教師の対応が明らかにされていました。しかしどんなに苦しい中でも、子ども達は懸命に生きている、「貧困が子ども達をゆがめている」と形式に見ることは誤りだとあらためて気付かされると言います。
岐阜教組では1977年以降、組合員などが「主任手当」を拠出し、それを財源に高校生などに「修学援助金」を分会からの申請により毎年20名ほどに各5万円支給してきましたが、09年度から小中学生にも拡大し(2万円宛)、高校33人、小中学生6人に支給、中でも外国籍児童・生徒の申請が目立ったと言うことです。これは些細な実践かもしれませんが、更に「子ども達を貧困から守れ」の世論形成や、」「子どもを社会の中で育てていく
」方策を講じる ための取り組みの必要が指摘されていました。
その後の意見交流ではこれまでになく多くの発言があり盛り上がりましたが、「子ども手当を給食費や学習費に」「学校で勝ち組負け組をつくらない取り組みを」「環境革命にカジを切る時」「競争原理の新自由主義を正すべき」「貧困だけ考えても解決しない、社会を変えなければ」「生活苦が徴兵制につながらないか」等々でした。(参加者17名)
1月19日(火) 第147回 「アウシュヴィッツを訪ねて」 話題提供:加藤宗男さん
加藤さんは小牧市の建築会社のオーナーで75歳。このたびライブラリーや展示室、会議室、コーヒー店などをもつ悠遊舎をオープンされ公開されている。行動力は抜群で山登りやハイキングなどキャンピングカーで飛び回っておられます。今回9月23日から行かれたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所跡についての報告をいただきました。
[現地主義」と言われるように現地の写真や地図、DVD,資料を準備され、@ユダヤ問題の起源、A第一次世界大戦とナチスの台頭、B第二次大戦と強制収容所設置とその機能など大量虐殺に至る歴史を話されたのち、早乙女勝元さんの著書「アウシュビッツ」を使ってその狂気の実態について説明されました。また、共産主義弾圧から人権蹂躙・戦争・虐殺と進んだナチスの構図が、三国同盟を結んだ日本でも同様に進められ同じ結末を迎えたにもかかわらず、A級戦犯が靖国神社に合祀されるなど戦争犯罪への対処の違いが戦後の日本を規定していると指摘されました。南京虐殺記念館などとあわせた体験を通じて一歩前に押しやられ、展示室をつくり事実をひろげていきたいと決意も語られました。
2010年1月12日(火) 第146回 ニュースレター等の発送作業
12月15日(火) 第145回 「改めて、今、治安維持法を考える」 話題提供:宇野 美代子さん
12月 8日(火) 第144回 「私のお気に入りの絵本」 話題提供:浅井 彰子さん(フリーアナウンサー)
参加者がそれぞれお気に入りの絵本を持ち寄り、浅井さんのリードにより朗読したり、絵本について語ったりする楽しいひとときでした。中川さんと浅井さんの「へんしんマラソン」から始まり、横に伸びる絵本、縦に伸びる絵本、終わりのない紙芝居などアイデア溢れる作品も紹介されました。参加者からは「急行『北極号』」「芽吹けミヤコよ」「のばら」「フレデリック」「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」「花房峠」「ちいさいおうち」「おこり地蔵」などがとりあげられ、最後に「やまのバス」の群読、紙芝居「今日という日」の輪読をして終わりました「「皆さんうまい!」の声もあがりました。絵本のもつ多様な表現や役割をあらためて知らされ、表情のゆるんだ「サロン九条」になりました。
11月17日(火) 第142回「ハーモニカの心」話題提供:武山武司さん(ハーモニカ演奏者)
まず初めに「影を慕いて」「青い山脈」「愛のロマンス」の演奏から始まりました。 武山さんの誠実なお人柄が溢れる演奏と、哀愁を帯びた心に沁みる音楽に、14名の参加者は感動しその音楽に酔いしれました。 演奏後の参加者からの矢継ぎ早の質問に対する武山さんのお答えは、 ハーモニカの発祥の地は200年前のドイツであること、武山さんのレパ−トリ−は260もあること、本格的に始められたのは65歳からであること、中国で盛んに演奏されていることなど興味深いお話ばかりでした。 参加者の中にはハーモニカを使って施設などでボランティアをしておられる方もありました。 武山さんも月10日ほどデイサービスで演奏されているということです。 最後に「宵待草」「月の砂漠」を演奏し、ハーモニカを吹くことも平和だからこそできると、締めくくられました。 一緒に参加された奥様の暖かい眼差しが印象的でした。
11月10日(火) 第141回「<つどいを>を終えて・・平和のゆくえ」 話題提供:吉田千秋さん(事務局)
鈴木さんは2人のお子さんを12年間保育所に通わせた経験から保育運動に参加、「輝け!こどものいのちと笑顔 ひろげよう 平和へのねがい」をスローガンに掲げる岐阜県保育団体連絡会のまとめ役をされています。現在の保育問題のすべてが要約されたレジュメや資料を準備され、的確に問題点と課題を指摘されました。
はじめに、国と自治体の保育の実施責任や一定水準を確保するための運営費用の保証などが保育制度で定められているにもかかわらず、@公立保育所の大幅減少と民間委託による民間保育所の増加が進むなかで起きている待機児童、保育料問題、A市町村が直接保育を提供する責任をなくし今の保育制度の解体をねらう大変なことが起きかけている事態の説明に衝撃を受けました。
特にAは、厚労省社会保障審議会少子化対策特別部会が進めているもので、介護認定のように「要保育認定」を行って補助金を支払うのが市町村の主な役割とするというものです。認定により保育時間の上限が決まる、受ける保育の量に応じて保育料が決まる、利用者が自分で保育所を探し契約するなど、利用すればするほど負担が重くなる、認定を受けても足りなければ入所できる保証はないなど、実施されると自己責任を押しつけられる保護者には深刻な事態になります。また、保育士、保育所にとっても待遇の保証や最低基準、保育指針を守ることが困難になることが予想されます。
鈴木さんは、“みんなが安心のしくみ“から”みんなが不安のしくみ“に変えられようとしているとされ、公の責任で保育を充実させるため保育関係者の結束と世論の結集、国会請願運動を進めることが必要とまとめられました。
平光さんは、大学で哲学を学んだ後高校教師に。定年退職後、修行し僧籍に入り、NPO組織でえだ豆作りや精神障害者支援活動など多面にわたる活動をされています。この日もその仲間3人が参加されました。
まず、世界ではよく知られていても日本では余り知られていないインド出身のクリシュナムルティ(1895〜1986)を「窮極の思想家」と位置づけ、子どもの頃教祖として見いだされ独自の教育を受け「星の教団」のトップになるもののやがて自ら解散宣言、以後は米・英・インドで講演や学校建設などの経歴に触れた上で彼の平和論を紹介された。
ムルティは非暴力主義も主義となるから、ガンジーも権威となるから認めない。すべての権威を否定し、現実の世界をあるべき理想の世界として肯定する、また「神のために死ね」と政治家に利用されたりする宗教も平和の敵として否定する。その上で現実をそのままににそれをありのままに見るだけでよい、そうすれば現実を超えることができ、現実から解放されたところに平和があるとする。釈迦は殺し合いにつながる恐れ=恐怖心をいかになくすかで出家したが、彼は現代に仏陀だとまとめられた。
あっけにとられて聞いていましたが、平光さんの「おそらく分かる人はないだろう。ステップがないから」、ほかの道としては虚心に自然を見、平和な暮らしをおくる「アート」か、すべての生き物を殺すな愛せという「慈悲の道」があるといわれてほっとしました。
その後の交流では、「殺されても殺さない」9条の丸腰の覚悟、核抑止論、禅,老子、平和学などと関連させながら発言が続きました。15人の参加。(S)
5月12日(火) 第128回 「裁判員制度について」 話題提供:奥住 易之さん
スタートを目前にしたこの日、国民救援会の奥住さんから裁判員制度について説明を受けました。まず戦争反対、主権在民を求め弾圧された人々を救援して81周年を迎えて国民救援会の活動、また憲法31条〜40条に明記されている司法上の人権保障につて触れられた後、裁判員制度そのものについての説明を受けました。とりわけ裁判員は、「事件を解明するのでhなく検察官の立証を判断し、疑問が残るときは無罪にしなければならない」、「心の底から納得するまで自分の意見を取り下げないこと=自分の意見を言う元気が必要」などの指摘が印象に残りました。
奥西さんの説明の途中から、残されていた裁判への国民の参加を評価する意見と共に、「なぜこのような制度がもちこまれたのか」、「過去のえん罪についての反省は?」、「司法改革のねらいは」、「国民の裁判批判を抑制し、共犯に仕立て上げられることになるのでは」、「殺人事件などよりも汚職事件に取り入れられないか」、「終生までの守秘義務は言論弾圧になるのでは」、「一般的なメンタリティに引きずられえん罪が発生するのでは」などなど新制度への危惧や疑問が述べられこれが大勢になりました。
しかし始まった以上は積極的に参加し、捜査過程や検察手持ちの証拠の秘匿など制度の危険性を明らかにするなど、制度改革のために戦うことが必要、それでこそそ期待されている国民の力を発揮しうる場となるという結論となりました。14人の参加。(S)
4月21日(火) 第127回「川柳作家 鶴彬について」 話題提供:牧野 光陽さん
まず実行委員でもある牧野さんから、”没後70年、生誕100年記念”で制作された神山征二郎監督ドキュメンタリー映画「鶴彬〜こころの軌跡〜」について紹介があり、制作までのいきさつ、完成し彼の出身地石川県高松や金沢市での上映は満員で成功していること、今後東京、大阪、名古屋で劇場公開、以降は上映実行委員会形式で自主上映運動が行われるということです。「誰よりも鮮明に時代を行く末が見えてしまった愛すべき詩人の名は"鶴彬”、その心の軌跡を追いかけてみようと思う」という神山監督の言葉も紹介されました。
次いで牧野さんの恩師深井一郎氏の「反戦川柳作家鶴彬」などから、彼の生きた時代と特高に勾留されたまま1938年に29才で死んでいく生き様や、叙情性から「生命主義」(躍動する生命の明るさ.・・)へ、更にそれを乗り越え「手と足をもいだ丸太にして返し」「「五月一日の太陽がない日本の労働者」など「プロレタリア川柳」(川柳は社会批判であり、労農大衆の武器にならなければならない)へ高めていった様子が具体的に作品を通して紹介されました。侵略戦争が本格化する時代への良心、非人間性への怒りと、それを川柳という手法で訴えるところに教えられるところが多くありました。最後に川柳を作って見ようという提起があり、数名の方から作品が紹介されました。17名の参加。(S)
4月14日(火) 第126回「『ハンナのカバン』が語るもの−アウシュビッツに消えた少女の夢−」 話題提供:安藤 富雄さん
長年英語教育に携わってこられた安藤さんは、新英語研究会で教科書執筆・副読本出版を精力的にされています。今日の話はそんな副読本の一つ「ハンナのかばん」がどうやって生まれたかというところから始まりました。数年前、安藤さんはホロコ−スト教育資料センタ−で所長石岡史子さんから、そこに展示してあったハンナ・ブレイディと書かれた「かばん」がアウシュビッツから送られてきた遺品であること、ハンナは13歳でガス室におくられた少女であること、そのかばんをめぐって当時の様々なことがわかったこと・・・などを興味深く聞き、是非教材化したいと強く思われました。 今回は石岡さんの調査の足跡をたどりながら、ハンナがアウシュビッツに送られる前に収容されていたテレジン収容所のこと(テレジンの住民をすべて追い出し、町全部を子ども専用の収容所にした) テレジン収容所での子どもたちの生活、生き残ることができたハンナの兄のことなどについてくわしく話されました。またナチによるユダヤ人ホロコ−ストはなぜ起きたのか? という命題にも触れられ、その後の参加者によるフリ―ト―キングでも話題はそこに集中しました。安藤さんは大学で英語以外に「平和と人権」の講座も受け持っておられ、学生の感想文を紹介しながら歴史の事実を知らせることの大切さも語られました。この日の話題にかかわって、参加者からは最近の自衛隊ソマリア沖への派遣や北朝鮮ロケット発射によるナショナリズム高揚への懸念も出されました。 7/2には劇団コ−ロによる「ハンナのかばん」岐阜公演、それに先だって6/6にはプレ企画:石岡さんと安藤さんとの対談が予定されています。(Z)
4月 7日(火) 第125回「真の貧困と、その先にある真の豊かさ」 話題提供:天池 洋介
天池さんは2年前派遣切れで闘争中の労働者や大学生と岐阜青年ユニオンを結成し活動に追われており、大学院を休学中などと自己紹介をされた後、まず派遣切りや貧困・失業問題の中から経済的な貧困問題とともに友達もいなく、社会性もない、成長できない、何もできない人間性の貧困さが見られることを指摘し、派遣村や"反貧困・結”の生活保護への援助と共に心を開く心理的サポートの努力が、マスコミや行政の姿勢をも劇的に変化させていることを強調されました。次いで労働者派遣法が求めらる経過や仕組み、背景を説明、解決のための当面の展望としては、派遣社員の正社員化、派遣を止めさせる派遣法の改正を、根本的な展望としては悪政や会社の支配のママ何でも買ってくる買わされる消費生活や、産業の部品としての自動化人間や、産業社会の弱者を踏みつけにする「安定」から脱し、人間らしい人間としての生き方を見つけ出すこととされました。そしてその人間成長社会に向けて進むには、労働組合とその連帯勢力が原動力となり、失業者の組織化や組合活動、大学生の組織などへの全国ねこそぎオルグ運動と、真の産業別労働組合を形成すること、自分の要求でどう生きたいのか、自分たちの社会を自分たちで作る、真に自由で平等な人間社会を実現することであるとまとめられ、多くの共感を呼びました。
その後の交流では、派遣労働や請負の実態、青年ユニオンの活動、行政や会社側の対応、支援サポートなどが話合われ、主催者側からのカンパの訴えには2万円が寄せられました。16人の参加でした。(S)
3月17日(火) 第124回「長良川に徳山ダムの水はいらない」 話題提供:粕谷豊樹さん
長良川河口堰のゲートが閉まって、今年で14年目。「川の自然な流れをせき止めては、死んだ川になってしまう」「ゲートを上げてください」と、長年運動を続けてきた粕谷さんが、長良川と公共工事の現状を報告しました。それは驚くべき内容でした。
徳山ダムに始まった長良川の人工化計画は、河口堰だけでなく、木曽川・揖斐川をつなぐ導水路や、内ケ谷ダムなどさらなる建設工事が予定されていること。治水や利水、発電などの効用はわずかで、水環境や生態系を破壊する弊害のほうが圧倒的に大きいこと。なにより、巨額な工事費負担に、岐阜県も市町村も苦しんでいること。それでも建設工事費を使い切る、官僚の体質が改まらないこと…。とりわけ、全国の一級河川で、長良川の人工化率(護岸工事含む)はダントツの85%であることに、参加者は仰天していました。
「長良川は美しいけれど、不幸な川なんです」という粕谷さんの言葉が印象的でした。
ただし、人々の環境への意識が高まっていることや、全国各地で『ダム見直し』の方針を打ち出す知事が出ていることなど、良い材料もあります。地元の大切な川を守るために協力していこう、と話し合いました。16人の参加。(N)
3月10日(火) 第123回「写真集「戦跡巡礼」「伝承真桑文楽」について 話題提供:八木正司さん
岐阜のリアリズム写真集団を長年支えてこられた八木正司がこのほど写真集「伝承 真桑文楽」をJRP出版局から出版されたのを受けて、八木さんをお招きしてお話を聞きました。八木さんは40年以上撮り続けてきた中から写真集に取り上げた写真をプロジェクターで映し出しながら、真桑文楽の興亡の歴史、かしらと人形、上演外題、奉納上演や舞台、受け継ぐ人たちと様々な角度からこの農村芸能を分かりやすく説明されました。年に一度の公演のため、農繁期でもわずかな暇を見ての稽古、大阪文楽協会の指導、継承者不足から婦人部の参加、小中学校児童生徒の取り組みなど継承のへの努力と困難さも、お話や写真でよく伝わってきました。
終わってのち、出版の経過や用紙やインクなど編集の手法、地方文楽や歌舞伎上演・舞台、歌舞伎と文楽の相違、恐慌・戦時期の中断、女性の参加などに話が広がり、加納天満宮山車人形の復活などの活動に貢献されたことも話題になりまた。いつもと違う心和らぐテーマ、「戦跡巡礼」は次の機会にということになりました。15人の参加。(S)
3月 3日(火) 第122回「アメリカとの関わり方」 話題提供:平方浩介さん
オバマ政権が誕生し、注目が集まるアメリカ。日本とは同盟国であり、イラクやアフガンに介入する軍事大国でもあります。九条を持つ私たちは、アメリカとどう付き合っていくのがよいのか、平方さんが提起して皆で話し合いました。
「戦後、日本は独立したといっても、地位協定や安保条約などで実は事実上は占領されていたのではないか?」「民主党の小沢代表が『第七艦隊以外は撤退してもらう』と言ったのは、よい契機である」などの提言に対し、「小沢発言の主旨は悪くないが、日本が自前で軍備増強をするような方向は阻止すべき」や「そもそも日本の自衛隊を認めてしまうのがいけない。原則では憲法違反であり、私たちは認めるべきでない」などの意見が。他にも平方さんの出身地である徳山村の経験から、日本とアメリカの『ムラ社会』の価値観についてや、また400年に満たないアメリカのたどった歴史について見解が出されました。私たちは今後、オバマ政権に期待しつつも、日米の軍事費縮小に向けて声をあげ続けていく必要性を確認しました。15人参加。(S)
10月21日(火) 第109回 「今、『蟹工船』が問いかけるものは−多喜二の時代と現代の若者たち−」 話題提供 篠崎さん・中島さん
お二人の女性の初参加を迎えて始まりました。まず篠崎さんは、大正〜昭和初期の戦争と独占資本の形成、金融恐慌・大恐慌、民衆・労働・農民運動の高まり、大正デモクラシー、大衆文化の勃興という時代とそこで生きた多喜二の29年の生涯、「蟹工船」を中心にした作品について説明しました。次いで「蟹工船」ブームが若者たちの中で広がっていることから「現代との接点」として、特に小泉「構造改革」の中から労働者派遣法の改悪、非正規労働者の増加と派遣労働・請負労働などの収奪・貧困・格差の実態を取り上げました。それに関連し中島裕子さんは、巨大掲示板サイト2チャンネルから「蟹工船」「秋葉原殺人事件」「サイレント・テロ」、ニコニコ動画も取り上げ、不正規労働の仕組みと実態、それが若者たちの中に深刻な影響を及ぼしている様子、それが思想・信条を超えた「蟹工船」への共感に結びつくとを大部の資料を使い説明してくれました。日頃見慣れていないサイトの内容は衝撃でした。最後にこうした中で「全国青年大集会2008」(10/5)明治公園)、「反貧困 世直しイッキ!大集会」(10/19明治公園)など若者の格差・貧困を許さない取り組みも取り上げられました。
10月14日(火) 第108回 「被爆認定訴訟の今日」話題提供 木戸さん
この日は千葉地裁の原爆症認定集団訴訟判決の出される日。開始直前に2人追加認定、勝訴との連絡が入り、14連勝の喜びムードの中で始められました。長崎被爆者で日本被団協役員の木戸季市さんは、「被爆者とは」「原爆被害」とはと言う本質的な問題から入られた後、原爆症認定集団訴訟問題を中心に話されました。その主な内容は、2`以内など障害作用を初期放射線に限定したり、初期放射能の影響による疾病率によって認定する厚生労働省に対し、判決は入市した時期、被爆の距離、低線量被爆などの被爆状況だけでなく、被爆前の生活・健康状態、被爆後の行動・生活状況、病歴などを個別的・総合的に認定すること求めていること、その結果原爆症の認定件数がこの5カ月で昨年実績の7倍以上(986件)に増加していること、それにしても厚労省は地裁判決を受け入れず、控訴を続け被爆者の苦しみに応えようとしないことなどを話された。更に被爆者運動、原水禁運動についてもふれられ、A414nに及ぶ資料と共に大変充実した報告を受けることができました。
10月 7日(火) 第107回 高遠菜穂子さんのDVD「命に国境はない」を観て、11.3イラク報告の事前学習をします。
人質事件後、現在の高遠さんの支援活動を通じてとらえたイラク・ァルージャを中心にした状況をまとめたDVDを観て、感想を語り合った。誰が敵かも分からなくなるイラク戦争の実態や、結婚式場が空爆された惨状などに立ち向かう高遠さんの使命感に満ちた活動に感動するすぐれた映像でした。11/3に向けて広げていくことを確認しました。
10/22 62周年記念のつどい実行委員会 10/30 代表呼びかけ人会
9月16日(火) 第106回「「日韓の今日的課題をみる」:話題提供者 申相哲さん(カルチュアーフォーマル主宰)
申さんから、日本政府はこの50年以上竹島は日本固有の領土と主張し、一方韓国側は独島はウリタン(我々の地)と云ってゆずらないすぐれて歴史の問題であるとされ、6世紀于山国以来米軍の占領政策までの歴史的経過を説明され、日本政府の主張は歴史を無視した強弁であると説明を受けた。参加者からは歴史的経過、占拠問題、国際司法裁判、教科書解説書への取り入れなどについて質問が出されたが、一般市民の事実認識の不足や、政治的駆け引きの材料とされているなど問題点も指摘されました。
9月 2日(火) 第105回「おしゃべりコーナー それぞれの夏」: いろいろ情報交換をしました。
移動サロンA 8月12日(火) 第104回 「平和と美術」 話題提供者:吉田さん 午後2時岐阜県美術館内平和美術展
第39回岐阜平和美術展を鑑賞する移動サロン、オープンの8月12日に20人ほどの集まりに。今回は優れた作品が多いと評価されるとの飯田事務局長の挨拶を受けた後、伊佐治則子、石田昭子、うえのたかし、上野芙美,陶山俊一、棚橋明義、藤原梵、牧野光陽、広瀬泰生さんなど制作者から個々の作品について直接説明を受けることができた。主催者側からも歓迎され、始めての人も含めて参加者からは多くの感動をを受けたと感想が述べられていた。
移動サロン@ 8月 5日(火) 第103回 「反戦を貫いた僧 竹中彰元」展 話題提供者:篠崎さん 岐阜市平和資料室
岐阜市平和資料室には14名の方が集合し、岐阜市平和資料室・友の会が制作した竹中彰元展を見学し、反戦平和を 考える移動サロンとしました。
@陸軍刑法で有罪判決を受けた彰元さんの発言や思想、受けた処罰、またその時代背景、A2つの大学を卒業し本山布 教師となるなどエリートコースを歩んだころの活動、B昨年の復権大会と名誉回復に至った経過を取り上げ、好戦的な雰囲 気の中で時代に迎合せず、信念を貫き通し、戦争の犯罪性と愚かしさをを主張した彰元さんの生涯を紹介しています。また 、真宗大谷派名古屋教区教化センターや大垣教務所などの協力を得て、真宗大谷派や国が「反日・排日・侮日の暴支膺懲 」の「聖戦」として戦争協力する姿と、そこで「戦争は罪悪だ、これ以上の戦争は侵略だ」と反戦を唱えた彰元さんの勇気あ る反戦言動を紹介していした。
岐阜地裁の予審判決文、特高月報、檀徒からの歎願書なども読み、理解を深めました。
7月22日(火) 第102回 憲法セミナーアンコール:当日役目柄ゆっくり拝聴できなかった仲間のために
7月15日(火) 第101回 「文化の中の天皇制」 話題提供者:榊原さん
7月 8日(火) 第100回 「アメリカとの付き合い方」 話題提供:平方さん
7月 1日(火) 第99回 DVD[戦火からの告発」を観て−名古屋高裁イラク差し止め裁判で使われた西村さん撮影の映像
7月 1日(火) 第99回 DVD[戦火からの告発」を観て−名古屋高裁イラク差し止め裁判で使われた西村さん撮影の映像
6月10日(火) 第97回 九条セミナー講師 井上ひさし談義
6月17日(火) 第98回 「教育の現場は?」 話題提供:加藤久雄さん
話題の多い人だけに、参加者の多くから井上さんについての印象や実績が語られた。演劇通の山田さんからは井上ひさし展や遅筆堂文庫を訪問した経験や、吉田さんからは「子どもたちに伝える日本国憲法」の紹介、「吉里吉里人」、「紙屋町さくらホテル」、読書家、言葉に厳しい文章家、農業、映画・・・21日の「憲法セミナー」の講演楽しみに。
第96回サロン九条 6月3日(火) 第96回「韓国現代史」 話題提供 金 仁果(キム イングア)さん 在日大韓基督教岐阜教会牧師
1945年韓国にとっては解放の年を迎えましたが、日本による支配により、言葉をうばわれ、姓まで失い、はかりしれない貧困が残されているばかりでした。すでに世界は米ソの厳しい冷戦下にあり、日本による植民地支配時代の組織そのままでアメリカ軍政下におかれました。そして38度線による祖国分断という形で1948年大寒民国は建国されました。以降、北朝鮮はソ連の強力な支援のもとに、全く異なる政治体制で対立を余儀なくされたまま今日まで解決の困難な民族分断の構図ができてしまいました。
李大統領、朴大統領は強力な権力政治で貧しさからの脱却を図りました。奇蹟といわれる経済復興をもたらしましたが、一方で徹底した強権政治は、人々の民主化への強い要求を阻んできました、が、民主化への願いは、やがて強権政治を倒し、キリスト教会も人々の民主化への声をくみ上げ、今日にいたっています。金牧師も韓国の民主化への歩み支えてきました。
金牧師の物静かな語り口のなかに歴史に参加していることへの自信があふれていました。とくに印象に残ったのは、祖国分断の苦しみが日本との不幸な歴史の所産であること、その解決はまだ道遠いけれど決して武力的な強行では達成できないこと、拉致問題など二国間に存在する問題は互いの国民の平和への願いに依拠してこそ解決するものだと説かれたことです。韓国の人々が、心から平和を願っていることをしみじみと感じとったひとときでした。参会した20名余の人とともに、九条を守ろうという思いにとって強い連帯を感じました。(篠田)
第95回「サロン九条」
5月20日(火) 第95回「イラク派遣違憲判決」いついて:話題提供 岡村晴美弁護士 (イラク訴訟弁護団兼原告弁護士の一人で、本年岐阜で修習を終えられた新進気鋭の方です。)
和的生存権の権利性をを認めた、 F平和的生存権として加害を強いられないとこれまでの学者の見解を超えた内容としたこ ととされた。
また、この判決では9条をもちながら実は既に戦争に加担しているという現実に向き合わされ、これは我々への有罪判決でもあり、「よい判決でよかったね」ではすまされないもので、これからどうするのか門戸を開いてくれるものである。また、この判決を活かせば、派兵恒久法が文面上明確に違憲であることはあきらかで、判決に励まされながらだまされないよう一層深く学ぶことが大切だとまとめられた。
質問では徴兵拒否はできるのかなど平和的生存権の内容や、「傍論だ」とする政府の姿勢などにおよび、この判決を活かすのは学習を深め、民主主義の原則である多くの世論を集めた多数の圧力でイラクから撤兵させることだとされた。26名が参加。
5月13日(火) 第94回「九条世界大会」参加報告 話題提供:吉田千秋さん
3人の参加者からの報告を受けましたが、吉田さんは、憲法9条はは正しいことが証明された感動的な集会だったと感想を述べられた後、@これまで日本のなかで考えてきたが、世界の9条、世界の宝であることが実際の姿でわかった、A世界の注目を浴びる9条は、今後の平和の基礎であること、B9条と25条をセットでとらえると9条がより現実味をましてくること、C女性・若者の参加が多く、9条は国家レベルでなく生きている個人・民衆・社会の問題であることがはっきりさせたと評価された。
4月13日(火) 第93回「象徴天皇について」 話題提供 籠原明子さん
朝日新聞に3月連載された新編「新しい憲法の話」第5部天皇の記事を使い、戦後教育を受けた世代と歴史定着に親しみを覚える世代、など一般市民の天皇観、国会議員や官僚、公務員、財界指導者などが持つ皇室のイメージ、国民との距離、伝統の維持、皇位継承など皇室の側からの変化など多方面にわたる皇室問題について話し合った。
4月 8日(火) 第92回「「改憲の動きについて」話題提供 篠崎 喜樹
「改憲派の明文改憲、解釈改憲の二面作戦を考える」として、新憲法制定議員同盟および自民・民主両党の改憲「草案」「提言」などの改憲論議が進む一方、集団自衛権を合憲化するための「自衛隊海外派兵恒久法」制定の動きについて報告された。それを受けて「九条の会」に対抗する自民党の地方組織や自治会の動き、即位20周年奉祝行事、映画「靖国」上映運動などについて話し合った。
4月 1日(火) 第91回「公務員への不信感(朝日の世論調査から」 話題提供 辻本光司さん
官僚の汚職、社保庁の年金問題、防衛庁の不詳事例、裏金問題などを反映したと思われる朝日新聞3月21日の政治・社会意識基本調査に現れた官僚への不信感(信用できる18%でワースト1)をもとに、公務員の存在意義、信頼回復への道筋など、官僚社会の問題点について深めた。
3月18日(火) 第90回「みんなで語ろう 振り返ってサロン、これからのサロン 話題提供篠田 暢茂さん
3月11日(火) 発送作業
3月 4日(火) 第89回「自衛隊海外派兵恒久法を知ろう」 話題提供 篠崎 喜樹
A44へージのレジュメを使い、「恒久法」が浮上した背景、その危険な内容、進行するアメリカとの軍事一体化、9条の歯止めとの関連、「恒久法」阻止のために、真の国際貢献などについて報告を受け、九条の会の活動と国会議員の認識、九条と現実、軍需産業との関連、自衛隊の存在、国連の役割などについて、予定時間を延長し、活発に話し合われた。
2月19日(火) 第88回米軍再編、自衛隊海外派兵恒久法問題などを取り上げ、対米従属の歴史と実態、今後の九条活動のあり方について話し合いが盛り上がりました。
2月12日(火) 第87回特別攻撃隊研究3「知覧に残された手紙」話題提供 篠崎喜樹
知覧に残る遺書、「きけわだつみのこえ」を取り上げ、知覧特攻の仕組みや死と対峙した青年達の心理などにつき、認識を深めた。
2月 5日(火) 第86回特別攻撃隊研究2「NHK放送番組 学徒兵 許されざる帰還〜陸軍特攻隊の悲劇〜」を視聴して 話題提供 篠田 暢茂さん
1月29日(火) 第85回特攻隊研究1「特攻隊とは」話題提供 篠崎喜樹さん
60ページに及ぶ資料から、特別攻撃隊の歴史、編成、隊員、戦法、成果、評価等につき認識を深め、日本人の体質やファシズム体制、戦争責任、特攻についての右翼と民主勢力の取り組みなどについて話し合いました。
1月22日(火) 第84回「こばやしひろしさんと語り合おう」
ばやしひろしさんを囲んで、身近にお話をうかがうことのできる稀な機会ということで、サロン九条としては珍しく多数の方が参加され、歯切れのいいお話ぶりに聞き入りました。以下、要旨
世界の大きな流れの中では、大英帝国というイギリス中心から、アメリカ中心、そしてこれからはまちがいなくアジアが大きな存在になるであろう。そのアジアの一員として日本が諸国から信頼され、安定した関係を構築してゆくことができるだろうか。
過去を振り返ると、明治以降、いち早く近代化の道を歩んだ日本の歴史は戦争の歴史でもあった。日清戦争からいっても以後50年間、10年間隔で対外武力行使を重ね、1945年の太平洋戦争の終結敗戦までそれは続けられた。その過程で隣国の中国や朝鮮半島での日本・日本軍の行為は、それらの国々に国恥的事績として深く刻み込まれていることを、私達はもっと知らねばならない。
10月30日(火) 第74回NHKドキュメントリー「パール判事は何を問いかけたか」を見て、戦争責任などについて話し合いました。
10月23日(火) 第73回「杉原千畝は英雄だったのか?」 話題提供者 安藤富雄さん
ナチスに追われた多数のユダヤ人難民を、リトアニアのガウナスで死の淵から救った杉原領事の置かれていた状況や日本と世界をめぐる情勢を調べてみるといろいろなことが見えてきます。
10月16日(火) 第72回さらに「ニュルンベルグ裁判」 話題提供者八木 聡さん
10月9日(火) 第71回「ニュルンベルグ裁判」 話題提供者八木 聡さん
BBC制作、ナチスのNO.2、国家元帥・空軍司令官のゲーリングを主人公にした裁判のビデオ。連合国と対等に争えると考えていたゲーリングが膨大な証拠やナチス幹部らの証言でくずれて死刑判決、自殺に追い込まれていく過程を描いている。続いて岡崎行雄さんから、イラクでなくなった「橋田信介写真・遺作展」(いなべ市)でのごご夫人の橋田幸子の講演の報告がありました。
10月2日(火) 第70回「品川正治さんの話」 話題提供者八木 聡さん
大垣での講演収録のDVDを看ながら、暮らしと九条について考えましょう
9月25日(火) 第69回「県交流集会に参加して」
愛敬浩二さんの講演のビデオを見て、参加された方から参加報告をお聞きしながら、岐阜九条の会の秋の活動などを話しあいました。
9月18日(火) 第68回「近著『椿の花』について」 話題提供者 茂吉正典さん(児童文学者・大同工業大学講師)
茂吉さんの憲法施行60周年を記念して出版された「椿の花」、期せずして参加者の座馬惇子の全文朗読により紹介されたのち戦争と平和のあり方、出版マスコミの状況、戦争体験の継承問題などが話し合われました。
9月11日(火) 第67回「ニュルンベルグ裁判について」 話題提供者 八木 聡さん
テレビ放映された番組をもとに、ドイツ、イタリア、日本での戦争責任と戦後の迎え方の相違、憲法9条・天皇・沖縄を課題とする「戦後レジュウム」なる認識などについて語り合いました。
9月4日(火) 第66回「改憲意見を整理する」 話題提供者篠田暢茂さん
改憲意見を整理して、お互いに今後の学習の方向を探りました。
8月28日(火) 第65回「岐阜九条の会・サロン九条を語る−3」
安倍改造内閣成立という新たな事態を受けて、九条リーフの改訂や賛同者呼びかけチラシ、ワッペン、バッチなど九条の会の活動の幅の広げ方などについて話し合いました。
8月21日(火) 第64回「最近の話題」について交流
8月14日は休店
8月7日(火) 第63回「岐阜九条の会・サロン九条を語る−2」
8月6日((月)) 世話人会
7月31日(火) 第62回「岐阜九条の会・サロン九条を語る−1」
3年後、国民投票を見据えて、今をどう歩むか、熱心に語り合いました。
7月24日(火) 第59回日本近代と戦争―4 いよいよ宣戦布告の前後 話題提供者 山口和紀さん
7月17日(火) 第61回 戦争体験を通しての提言 話題提供者 青木丈太郎さん
7月 3日(火) 第60回「みんな歌おう-願い−」 話題提供者 岡崎行雄さん(揖斐九条の会)
広島から発信された願いという歌を歌い、全世界に反響を生んだ経緯を語っていただきました。ヒロシマでの取り組みの中から生まれた歌の由来などを紹介いただきながら---。
6月26日(火)は「つどい実行委員会」でおやすみ
6月19日 第59回 「わたしにとっての九条」 話題提供者 横山周導師(勝善寺住職)
シベリア抑留の体験と、その後の日ロ友好の活動を語っていただきました。
5月22日(火) 第58回 仮設実験授業「日本近代と戦争」 話題提供者 山口和紀様
4回目、いよいよ宣戦布告。5月15日(火) 第57回 NHK特別番組「焼け跡から生まれた日本国憲法」
憲法論議の確信のひとつです。ビデオを見て、話し合いました。
5月 8日(水) 第56回「仮設実験授業3−日本近代と戦争−」話題提供者 山口和紀さん
前回は明治以降の日本史を核に学びました。過去を知ることは現在を知ることだと、真剣でした。知られざるの事実も多く、続けることになりました。あの戦争ををどう見るかを近現代史の中で確認するいい機会です。
5月 1日(火) 6.10つどい実行委員会のためお休みです。
4月24日(火) 第55回「日本の近代−戦死者の実態を核に」 話題提供者 山口和紀さん
4月17日(火) 第54回「今、学校は、教育は」 話題提供者村上岐阜教組村上副委員長
4月10日(火) 6.10つどいのチラシ・チケット等の、発送作業を予定
4月 3日(火) 第53回「仮説実験授業−日本近代と戦争」 話題提供者山口和紀さん
明治以降の日本史を戦争を核に学びました。過去を知ることは現在を知ることだとばかり、真剣でした。目からうろこの事実も多く、続けることとなりました。
3月27日(火) また会議室の引っ越しを行った後、6.10のつどいについて話し合いました。
3月20日(火) 第51回 昨今の世の動きやサロン九条の新年度への展望など話し合いました。
北朝鮮による拉致問題が、その解決を図るためのみならず、政治プロルラムに組み込まれてすすめられているということ、そしてそれがより解決を困難にしているということ、9条を守る動きや声をもっともっと大きくしなければ・・・幅広い運動にするためにも6.10のつどいを盛会にしなければならない。そのためには・・・。
3月13日(火) 第50回「改憲手続き法案」をめぐる情勢について話し合いました
改憲手続き法案をめぐる国会の動き、同法案の持つ問題点と私達の運動のあり方等について話し合いあいました。、
3月 6日(火) 6月のつどいの第1回実行委員会
”憲法は変えたらあかん! 6.10お笑いとお話のつどい”の開催、実施計画の概要をを決めました。
2 月27日(火) 第49回「焼け跡から生まれた憲法草案」(2.12放映番組)をもとに、話し合いました
2月20日(火) 第48回「アメリカの世界戦略と九条について」を聞いて
2月17日ピーストークディのダグラス・ラミス講演を話題に、今の動きと合わせて話し合いました。
{ラミスさんお講演要旨}
アメリカの世界戦戦略と憲法九条 〜アメリカ人から見た九条〜 ダグラス・ ラミスさん 2007.2.17 於北部コミセン
1,はじめに
九条の会は盛り上がっているが、安保はタブーになっている。沖縄には九条がなく、基地問題は沖縄の問題となっている。
2,アメリカの世界戦略(ブッシュ政権になっての根本的変化)
@封じ込め政策(侵略戦争は戦争犯罪)から、先制攻撃(侵略戦争)をやり始めた。
A米政府は、自らの判断で外国人を逮捕監禁できるようになった。
B気に入らない政権があれば入りこみ、政権交代を強制するようになった。
国際法違反だけでなく、こわし、作り直し、世界中の統治権を求めている。
私も共犯者、日本人もそれを許している。
3,日本国憲法について
最も重要な言葉=前文の主語「われら」・・・政府に対する命令=主権在民
明治憲法「朕」・・・天皇が主語、 天皇の命令
押しつけ憲法でなにが悪いか←誰が誰になにを押しつけたか
占領軍と国民が、政府に押しつけた→国民が「不断の努力」で護り、押しつけ続ける義務がある
1〜40条=政府権力を減らす条項、41条〜 政府がやっていいこと=健全な押しつけ
現行憲法の制定手続きは憲法改正でも、質的には改正でなく原則をひっくりかえした。
自民党「新憲法案」は改正でなく、原則を変えるものである。
自民党「新憲法案」で変わるもの
@前文・・・「われら日本国民」はなくなる→「彼ら日本国民」に、平和の語がなくなる→天皇が入る
A自衛軍は法律で定める→交戦権も国会のレベルへ
B人権条項「公共の福祉のため」→「公の秩序に反しないかぎり」
明治憲法=「法律ニ反シナイ限リ」・・・天皇の恩恵×権利
C地方自治 直接参加できる政府→地方は身近な、その地方のことだけを 95条=一地方公共団体に関する法律は制定できない←削除
一番うるさい沖縄、沖縄に限ってのものをつくりたい
植民地だから
4,この憲法と米外交政策
@日米安保条約について
日米安保条約で日米はリンク=敵と決まれば、日本にとっても敵
1945年 日本の武装解除 1947年憲法施行
1948年 冷戦→ジョージ・キャナン来日”九条やめよ”
マッカーサー”やめない、軍隊はつくらない、公約を破ることになる 、占領政策の転換は恥、日本には金もないし、力もない、でも大丈夫、 沖縄があるから、飛行機中心の戦争が”
安保はださい、こわいの意識は何か。
沖縄に500万人の旅行客、多くは平和ガイドで同情するが、基地反対運動は増えているか。
安保問題は理解されていない。沖縄が好きなら基地を一つ二つ持ち帰ってほしい。
九条は反対でも、安保は反対しない。賛成するところに基地を置くべき。
Aヘリ、沖縄国際大学墜落事件について
普天間基地のヘリ、沖縄国際大学墜落事件で、宜野湾市消防隊を追い返し、占拠。警察も、市長も入れない。
海兵隊は証拠はすべて、土まで(劣化ウラン弾関連)持ち去る。
キャンプシュラブ憲兵隊、銃を構えて日本人に警察権を行使しの威嚇。地位協定に条項なく違憲行為。
米軍憲兵との間に日本の機動隊が入っていた。
「沖縄は戦利品」と思っているのではないか。復帰後も安保条約で全土の主権が侵され続けている。
このとき稲嶺知事、首相に会見を申し入れるが、オリンピックを見ており断る。
この2月14日には、国道24号線で戦車故障、沖縄県民が近づかないよう米兵が銃を構える。
2月13日(火) 第48回「びっくり韓国」 第2弾 話題提供者 窪田 佐俊さん(揖斐川九条の会)
第2弾ははやや視点を拡げて、隣国の学生運動、半基地闘争、労働運動など韓国の民衆おの動きをビデオな。DVDなどを使って紹介いただきました。
2月6 日(火) 「世話人会」 午後6時より
1月30日(火) 第47回 「びっくり韓国」 話題提供者 窪田 佐俊さん(揖斐川九条の会)
韓国の労働運動の歴史から始まり、現在もストライキを続けるKTX(韓国高速鉄道)女性乗務員の「非正規職員撤廃闘争」をプロジェクターを使い動画・写真で説明された。戦闘警察(機動隊)、鉄道公社、政府を相手に戦う女性達の表情は美しかった。
1月23日(火) 「国民学校教育と教育基本法問題」 話題提供者 篠崎 喜樹さん
国民学校と尋常小学校の教科書の比較からあきらかになるファシズム教育の本質と、その全面否定にたつ教育基本法、更にはそれをおし崩そうとする改訂教育基本法と教育再生会議の第1次報告、教育を巡る激しい動きをパワーポイントを使い報告した。
1月16 日(火) 「世話人会」 午後6時より
2007年1月9日(火)第45回 「新年の展望を語る」 話題提供者 平方 浩介さん
07年最初の企画13人が参加しました。教育基本法改悪、防衛省スタートなど年末から新年にかけての戦後体制が大きく崩されようという政治の動きの中で感じたことを出し合いました。その中で、いくつかのお寺での新年の法要で住職が、また同窓会で元校長が教え子に、憲法改悪について警鐘を鳴らし、「9条を変えたらあかん」を訴える年賀状が多くなったなどの報告に、新たな変化が伺えるものがありました。また校区の九条の会が、新年早々に活動をはじめ、いくつかの企画が紹介されました。また国民の過半数をめざすためにどうするか、日本の外交のあり方、マスメデイアや財界政党の論調、格差社会と9条など多方面に話題は広がり、予定時間を大きくオーバして終わりました。
12月19日(火) 第44回 交流集会森英樹さん講演をビデオで聞く
12月12日(火) 第43回 賛同者へのニュースレター発送作業(午後6時30分より世話人
12月 5日(火) 第42回 「戦争とジエンダー」話題提供者 田中良さん
田中さんは性教育は「よく生きるための教育」とし、セクシアリティの多様さが認められないために自殺率の高いジエンダーフリー問題を「自分らしさ」を保障する人権の問題とされ、一方戦争は「死ぬ教育」と位置づけ、ここでは「性別2分法」の徹底と、「性別分業」が強化され、ジエンダーフリーの抹殺が行わる。日の丸とセットでないと生きられないなかで、自分らしく生きないと生きられない人たちは否定される。だから戦争の道は人間否定の道であるとまとめられました。
11月28日(火) 第41回 11.3岐阜のつどい 横井久美子コンサートをビデオで聴く
11月21日(火) 下呂交流会のまとめ
11月14日(火) 11.3岐阜のつどい 高橋哲哉講演をビデオで聴く
11月7日(火) 11.3 岐阜のつどいのまとめ、サロン九条の持ち方
10月30日(火) 11.3 岐阜のつどいのの準備
10月24日(火) 11.3 成功のためのチラシまき
10月17日(火) 発送作業
10月10日(火) 「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人のための本」を読む
高橋哲哉・斉藤貴男編・著の上記の著作を事前に読んできて、軍隊は何を守るのか、戦争絶滅受合法、新たな国民総動員、、靖国と愛国心、神国日本へ回帰できるのか、戦前教育を否定した教育基本法、危機感を持ちながらどちらへ向かうのか、賛同者を増やした経験などいろいろな切り口からけんぽ9条を巡る状況を話し合ったあと、11.3の取り組みについての検討を行いました。北朝鮮の地下核実験報道のの翌日のことです。
10月3日(火) 「いま、もっとアジアの国を理解しよう 第2部」 話題提供者 後藤和夫さん
9月19日(火) 「いま、もっとアジアの国を理解しよう」 話題提供者 後藤和夫さん
後藤和夫さんは2回にわたって、@中国での「反日」デモの性格や日本側のとらえ方、A韓国政府のの民主化運動や抗日独立運動関係者への名誉回復や補償、植民地時代の親日反民族行為糾弾政策、B共和国(北朝鮮)ミサイル発射問を取り上げ、正しく伝えない日本の報道の実態について報告されました。
9月26日(火) 発送作業
9月12日(火) 世話人会
9月5日(火)「海を越え、悲しみを越えた青い目の人形」 話題提供者 河合圀昭さん、魚次龍男さん(岐阜県教職員組合書記長) 「ミス香川」と岐阜での「青い目の人形展」のビデオで概要を理解した後、河合さん、魚次さんから「ミス岐阜の会」を中心にした岐阜の取り組みの説明を受けました。1927年アメリカから日本に送られた12,739体の青い目の人形が、戦争の時代を経て80歳になった現在330体、岐阜では2体大切に保存されていること、日本からの答礼人形が各地で確認され日本へ里帰りししていることなど、日米の親善と平和友好精神が今も人形とともに伝えられ深く、大きな力を生み出している事を知りました。
8月29日(火) 「反戦僧 竹中彰元師、名誉回復へ」 話題提供者 篠崎 喜樹(岐阜市平和資料室・友の会)さん
「戦争は罪悪である」「これ以上は、侵略だ」と語り禁固刑になった垂井町明泉寺元住職竹中彰元師への岐阜地方裁判所の予審決定書、檀家一同から岐阜地裁検事局へ提出された嘆願書を直に読み事件の概要をつかみ、国法と仏法との間にある矛盾をただそうとした竹中師と門徒の思想を学んだ。
8月22日(火) 「俳句人生と平和への想い」 話題提供者 所 山花(岐阜県俳人協会会長)さん
所さんは4月22日、東京学士会館での「俳人九条の会」一周年記念のつどいに参加され、この世界でも平和のための活動が進んでいることを報告された後、中学時代生涯にわたる影響を受けた戦争の時代を距離を置いて見ていた教師、刑務所受刑者と俳句、沖縄、旧ユーゴなど幅広く、俳句を通じての平和への思いを語られました。周りに多くの九条の会を組織し、準安保闘争の状況をとまとめられました。
8月8日 (火) ニュースレターなどの発送作業
8月1日 (火) 「世界平和フォーラムへ出席して」 話題提供者 弘瀬 政美さん ニュースレター17号をご覧下さい
7月18日(火) 「原爆症認定訴訟を考える」て 話題提供者 木戸季市さん(岐阜県被爆者の会事務局長 岐阜・九条の会世話人)
原爆被爆者の基本要求と国歌補償の問題から入り、これまで8回に及ぶ原爆症認定判決、とりわけ被爆者認定行政の抜本的変更を迫った7月15日の集団訴訟、大阪地裁判決の意義について詳しく説明されました。
7月11日(火) 「出張サロン」として、特別展 「戦争中のお母さんは、大いそがし〜大日本婦人会岐阜支部の活動を中心に〜」を催している岐阜市平和資料室のガイド付き見学会でした。平和資料室開設までの30年に及ぶ活動の経過も報告され、「継続は力」を改めて知らされました。
7月 4日(火) ミニ学習会「共謀罪とは」 場所は岐阜合同法律事務所3F会議室、話し合ううち問題点・疑問点が尽きず、憲法・教育基本法改 悪と一体のものであると真剣に話し合いました。